アメリカの奴隷制度の歴史

独立するまでのアメリカとは

自由の女神、アメリカの象徴とも言えるその巨像を見るために訪れる観光客も多いはず。ただこの像が一体何を意味しているのか、そう尋ねられた時にどう答えるだろうか。筆者が初めて自由の女神という像がアメリカにあると知ったのは、子供の頃だ。その時住んでいた地元の、何故かパチンコ店のモニュメント的に建物の上に似たような像が建造されていたのです。今にしてみれば大分ギリギリだったと思いますが、今から20年以上前の話なので多分問題無いでしょう。

自由の女神は独立が宣言されてから100年後に建造された。ただその時代はまさに激動の情勢下であり、とても自由とは言えない状況だったといえるからだ。それもそのはず、本当に自由というのならこの頃には既に人種差別・奴隷問題など生じていないはずだ。

確かに植民地時代と比べれば扱いは変わったが、天と地ほどの差といえるようなものではない。女神像が作られたのは1886年のこと、アメリカ合衆国という大国が自由と民主主義で満ち溢れており。19世紀以後になってもその栄華が廃れることなく、訪れる人々にとって新天地となるように願われて作られたという。

先に話したハリウッドの人種差別を引き合いに出すと、どこが自由と民主主義なのでしょうか。現代においてもいまだ続く人種差別とその歴史を語る上で外せない黒人の奴隷化問題、今までの闘争で成し得たものは何だったのか。

アメリカに興味がある方へ

奴隷制度の始まり

アメリカという広大な大地を見つけたことで当時のオランダを始めとした国々が、新たな植民地として開拓していきます。アメリカの歴史の中で奴隷というものが歴史的に確認されたのが、1619年頃からだ。ネイティブアメリカンではなく、アフリカ人奴隷を使役していたという。これは所有していたわけではなく、スペインの船が所有していた奴隷を捕虜としてのアフリカ人だった。そこからヨーロッパ人がアメリカへと流れていき、植民地としての規模を広げていったことで労力を欲するようになります。

ただアメリカ国内で初めてのバージニア植民地には当初、奴隷制に関する法律を定めていませんでした。けれど法律がない中でも一人の黒人を奴隷として宣告し、さらにある資産家の奴隷は終始自身の資産として扱うと、粗暴な扱いが当時から横行されていたのです。ネイティブアメリカンではなく、まだアフリカ系の奴隷が多かった事もあったが、彼らの大半がアフリカ出身ではなかったため、イギリスの慣習法などで保護の対象にすらならなかった。

モノ扱い、まさにそれだ。アメリカ開拓が進む中で、サウスカロライナ植民地では1720年に人口の6割以上が奴隷だったと言われています。残り3割程度が裕福に、富を貪り働かせて優雅に暮らしていたという。当時を知る手段はあまりない、写真として残されているならともかく、文として記録されているだけでは全体の風景は朧気だ。それでもはっきりしているのは自分たちに非などない人々が労働を強いられ、自由のない生活に押し込められていたという事実だけは確実でしょう。

奥が深い外国の歴史

アメリカ独立後の状況

アメリカ独立戦争により、アメリカで構築された13の植民地がイギリス本国から独立してからがアメリカの始まりとなる。自由と民主主義による統治、その理念の下で後に超大国と呼ばれるようになるまでの間、人種差別は横行していた。結局、この戦争で何かが変わったわけではなく、ただ植民地として統治していた者たちが自分たちの国を作るための革命という意味合いでしかなかった。

その後の黒人たちの奴隷は新たな地で不衛生な環境下に置かれながらも労働を強いられます。荒れ地で穀物を育てるために樹木を取り払い、田を耕すが彼らを取り巻く状況は最悪の一言に尽きた。質の良くない水、満足に取ることのできない栄養、疲れを押してでも作業を強いる主人達。この状況でまともに働けと言われる方が無理難題だ。逃げ出そうとする黒人たちも多く、保身するための行動だが許されるはずもなかった。

さじ加減1つで

脱走した黒人がどうなるかといえば、それは主人の鶴の一声で決まってしまいます。罰というと法律か何かに則ってと思うでしょうが、そういった類のものは存在しなかったのです。そのため管理する主人の思うがままに奴隷たちを処分することが許され、まさに消耗品といった扱いが当たり前だった。具体的には虐待から殺人、奴隷の家族を引き離して資金代わりに売り飛ばすなど、やりたい放題だったのです。

『ジャンゴ 繋がれざる者』という映画作品の中でも、主人公ジャンゴの妻は主要していた主人の都合だけで売り飛ばされ、夫と引き離されてしまいます。異論を唱えたり反抗するなど以てのほか、もし行えば命を奪うことすら許されていたのです。超法規的措置とでも言えば良いのか、人間ではないのだから自分たちの思うようにしていい、当時はそう考えるのが普通だった。

何をしても許される世界

代表的な例はまだある、それは黒人女性についてだ。彼女達は奴隷、所有物だから何をしても構わないとして所有者を始めとした人々ないし友人から強姦されたとしよう。今でこそ罪に問われますが、当時は黙認されてしまったのです。しかもその過程で生まれた子供は母親が奴隷の身分だからと、子もまた奴隷としての人生を強いられるのだ。

たとえ白人と黒人の間に生まれ、肌の色が白くても奴隷の血が混ざっていれば人間とは見なされない。どこが自由なのだろうと、アメリカの史実ほど残酷なものはないと思ったものだ。

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