奴隷解放宣言とは何だったのか

エイブラハム・リンカーンの出現

南北戦争では当然、奴隷である黒人たちも従軍するようになる。大半が北部のために力を尽くし、自分ないし自分たちの子供達が本当の自由を獲得するために躍起した。ただ北部も開戦直後では奴隷は存在していたのです。そのため内乱が起こった折にはそうした問題も絡んでいたため、まさに一枚岩ではない状態の中でアメリカ合衆国政府はその対応に追われます。戦時は過熱し、泥沼化する中で南部と北部の双方も疲弊を隠せない事態にまで陥ってしまいます。やがて両軍ともに大規模な作戦を講じて、街を破壊してでも勝利するといった思想を持ち始める部隊まで出現したという。

こうした事態でも南部は頑なに奴隷制度維持を固辞したが、北部にも当時大統領として君臨していた人の思想を寄り代として、更なる合衆国としての進化を果たしていこうと団結する出来事が起きる。それこそアメリカ南北戦争において発布された『奴隷解放宣言』だ。

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奴隷解放宣言の意義

奴隷解放宣言とは、文字通りこれまで奴隷として隷属させられていた黒人たちを自由にするものだ。先達たちが望み続けた自由への道、それが切り開かれるからこそ北部の黒人たちは喜んでその手に武器を持ったのです。ですが大統領だったリンカーンはこの解放宣言の発布タイミングは慎重にすべきだと考えていた。それこそ北部内における奴隷制度を容認している州が、裏切って南部に付いてしまうという最悪な状況を避けるためだ。いくらライフラインが南部よりも優れているとはいえ、数の暴力の前ではいくら北部といえど勝ち目はない。

リンカーンは閣僚たちと連日会議を行い、解放宣言をいつするのかのタイミングを話し合い続ける。リンカーン自身の意向としては戦後まもない頃に発布したかったのが本音だが、そう上手く行かなかった。予期せぬ事態を招かないため、また内乱終盤には南部の戦力は枯渇寸前だったこともあり、合衆国側としても早く終戦へと持ち込むべきだとの意見が多く集まる。

結果、1862年にて南北戦争最中の折に奴隷解放宣言が行われ、黒人たちの恒久的な自由が約束された声明が発布されたのだった。

影響力として

奴隷解放宣言により多くの奴隷たちが自由を得ますが、その効果は非常に緩やかなものだった。即時に解放される黒人奴隷は実際のところ少数で、あまり効力を発しているようには見えなかったという。ですが影響力よりも宣言することで北部としての方針を打ち立てることこそ、本当の目的だったのです。目的とはつまり、南北関係なく奴隷制度を完璧に廃止、合衆国として更なる躍進をする、これが北部が目指す形だったのだ。

だからこそ最初から解放されずとも、少しずついつかはこの状況から解放されるという希望が奴隷たちに浸透していきます。これにより、南部で隷属されていた奴隷たちは自分たちを消耗品としか見ていない社会で生きている意味は無い、ならば北部へと移住すべきだとする考えに至るようになる。解放宣言はゆっくりと南部でも噂程度に広がっていき、自由が約束された社会で僅かながら我慢をすればいい、希望を持った南部の奴隷たちによる混乱、多数の奴隷たちの離反など内部瓦解する起因として十分な理由付けをもたらすことに成功した。

リンカーンの立場

リンカーンといえば奴隷を開放した立役者として、解放宣言は世界からも称賛の声が上がります。イギリスを始めとした諸外国からも認められ、南部が益々立場を追い込まれる事になっていくきっかけにもなった。ただこの解放宣言は当初、憲法違反をしている可能性が高かったという危険があった。そもそもリンカーン本人も分かっていたのか、自分には法的な権利を所持していないため奴隷制を廃止することは出来ない事を知っていたという。

だからこその解放宣言だったのだ。法的な効力はすぐには持たずとも、既に奴隷制度を廃止している州を中心として奴隷を無くしていこうと自主的な働きを期待する意味で行われていった。結果、合衆国側に忠誠を誓っていた州を始め、南北の境界線上にあった州では自主的に奴隷制度を廃止するところまで現れたのです。

即時解放はできない、ただ近い将来必ず自由にするための約束をすると明言されれば、奴隷たちの士気が高まるのも納得できる。

奥が深い外国の歴史

暗殺後の状況

後にリンカーンは俳優により暗殺されてしまうが、彼が遺した功績によってやっと奴隷制度が廃止され、人種差別による考え方も改められるようになっていきます。南部も敗戦後は北部による占領下におかれ、黒人たちに投票券が与えられるなど改革が進められていった。

だが数年後には南部で白人たちの権威が戻ってくると、再度南部を中心として黒人たちへの偏見や侮蔑は残り、『KKK』といった白人至上主義を貫く秘密結社の誕生といった暗部が生まれてしまいます。また南部からすれば、南北戦争は『北部による侵略戦争』とみなすのが普通だという。リンカーンの出現によって人種差別・奴隷問題は一旦の収束を見せたものの、歪みが完全に是正されたわけではなかった。

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